兄が緊迫状態に
夕刻、スマホに兄(M)から電話が入りました。
兄と父は、互いの2階が引き戸1枚で隔てた2世帯住宅に住んでいます。
「昨日、隣で物音がしたから見に行ったら、親父がベッドから落っこちていて『どうした?』と理由を聞いたら『お前が俺にベッドから起きて、こっちへ来いと言ったからだ』って。俺は親父の夕飯を作ってテーブルの上に用意した後、自分の家に戻ったから、そんなことを言うわけがない!」
「それで今日はトイレに行くのが間に合わなくて、汚れた床の拭き取ったりして。もう俺、限界だな」
「親父はベッドから落ちて、それ以降はベッドから起きて居間のテーブルまで出てこれなくなった。それで『ご飯を食べさせてくれ』と言われたが、俺は『ご飯を食べさせるようなことはできない。自分でベッドから起き上がって食べられないようなら、もう施設に行くしかないよ』とはっきり言った」
矢継ぎ早に兄の話はまだ続きます。
「部屋の中にアリがいる、見えるとか言うし、これ以上親父の面倒をみていたら、こっちがおかしくなる。親父の首を絞めそうになる。俺はもうここから居なくなるから。お前には伝えておこうと思って…」
これまでになく、かなり緊迫しています。
育児放棄ならぬ介護放棄?
話に耳を傾け、相づちを打ち、こちらとしては「分かった。分かったよ」と応えるのがやっとでした。
ほどなくして、父から電話-。
弱々しい声で「Mに『ご飯を食べさせてくれ』と頼んだが、断られた…どうすればいい?」。
さっきの兄の電話は本当なのだと思いながら、さて、どう対処すればいいか…。
父はこれまで何度も転倒していて、訪問看護(訪看)の方が以前、ヘルプが必要な際の緊急連絡先を居間の障子のところに貼り付けてくれたことを思い出しました。
私「障子に貼ってある訪看事務所の緊急連絡先が書かれたA4判の用紙があるでしょ。そこに電話をかけてみて」
父「あぁ?よく分からない…」
私「分からない?」
父「あぁ」
父には緊急連絡先のことは何度も伝え、本人も理解しているようでしたが、気が動転しているのでしょうか…。
私「それじゃ、別の方法を考える。ちょっと待ってて。いったん電話を切るね」
訪看にSOS
そう言ったものの、こちらの手帳などに訪看の緊急連絡先の電話番号は記していません。
どうしようもないので、兄のスマホに連絡をかけたら出てくれたので「こちらで何とか対応してみるから、とりあえず訪看事務所の緊急連絡先だけ教えて」と口説いて聞き出し、事務所にコンタンクトしました。
私「訪問看護でお世話になっている者です。父の面倒をいつもみている兄と連絡がうまく取れず、父からご飯を食べることができずに困っているとこちらに連絡が入ったのですが、当方離れたところに住んでいるため、対応できずに困っています。何とか助けていただけませんでしょうか」
事務所職員「ヘルパーさんも行かれていますよね?」
私「はい」
事務所職員「そうですか…。ご飯ですが、作り置きのものはありますか?」
私「冷蔵庫の中にあると思います」
事務所職員「分かりました。取りあえず、担当の看護師と急いで連絡を取ってみます」
電話を切るや否や、父からまた電話-。
父「誰も来ない…どうすればいい?」
私「そんなに早く行けないよ。いま訪看護事務所と連絡が取れたばかりで、どうにか対応してもらうようにお願いしているところ。もう少し待って」
父「はい、分かりました。待ってます」
入れ替わりで兄から電話-。
兄「訪看で家に来てもらっているNさんからこっちに電話があった。『いまどちらですか?対応できませんか?』って。Nさんは今朝もわざわざ出勤前に親父の様子を見に来てくれて、その後、元々予定していた11時にも対応してくれたし、もうこれ以上迷惑を掛けることはできないから、俺が『対応します』と答えた」
私「いや、限界を感じているんだから無理しない方がいいよ。訪看にも現状を理解してもらって、力を借りた方がいいよ」
数分後、今度は訪看事務所から-。
「訪看の担当看護師がお兄さんと連絡を取って、お兄さんが対応することになったようです」
そう聞いてはいたものの、父だけなく、兄の状態も心配だったので…
私「たいへん申し訳ないのですが、兄がうまく対応できるか、ちょっと心配な状況ですので、できれば訪問していただけませんでしょうか?」
偶然、訪看でお世話になっているNさんが事務所に居合わせていたようで、Nさんと電話を代わってくれたので、私が「実は…兄がもう父の面倒をみれないと言って、緊張していた糸がプツンと切れてしまったようで」とSOSを要請すると「そうですか、分かりました。それじゃうかがってみます」と言ってくださいました。
父、ショートステイへ
Nさんが実家に向かうことになったことを説明するため、兄に電話-。
兄「さっき親父を見に行ったら、ベッドで起き上がってイチゴを食べていた。対応するから大丈夫だ」
私「それは良かったけれど、なおNさんに行ってもらうことにしたよ」
兄「いや、Nさんには数分前にこっちで対応すると言った」
私「そう聞いたけど、状況を把握してもらった方がいいので、そっちに向かってもらうようにお願いしたよ」
兄「大丈夫だと言ったのに、余計なことを」
私「もう限界だって言うから…」
兄「勝手にそうするなら、そうしろ。俺は知らん。後はお前がやれっ!」
取り付く島がありません。
その後の様子を聞き出そうと、ころ合いを見計らって父の携帯に電話を入れると応答したのは、父ではなくNさんでした。
Nさんによると、私が先日実家を訪れたときは体調が良かったものの、その後、父の体調に波があり、また悪化してしまったとのこと。
「服薬がきちんとできていないようでむくみがひどく、家の中にアリが見えるとか、昨日ベッドから落ちたのはお二人ご兄弟がベッドの脇に来て起きてきてこっちに来てみろと言われたからだとか、話す内容が夢と現実を交錯しているような状態です」
兄から聞いた話、そのままです。
「今夜はこのまま自宅でということになりますが、状況も状況ですので、明日、(介護老人保健)施設への入所の手続きを取ってみます。恐らく入所できると思いますが…」
Nさんが言う老健施設は、父のかかりつけの医院がグループ運営しているところです。
私「ショートステイという格好でしょうか?」
Nさん「私独りで判断できることではありませんが、取りあえずはそうなるかとは思います。お兄さんにも先ほどそれでよろしいでしょうかとうかがったら『弟に任せてあるから』って」
私「そうでしたか。いろいろお世話になります。それから申し訳ありませんが、明日動きがあった段階で私の携帯まで連絡をいただけませんでしょうか。よろしくお願いいたします」
そう言って、Nさんにお任せすることになったのでした。